OKINAWA LIVE HOUSE ASOSIATION

沖縄ライブハウス協会についてCONCEPT

■設立案内

沖縄ライブハウス協同組合 設立のご案内

琉球王朝時代、首里城の中で始まった「琉球古典音楽」から、庶民が楽しんだ島唄・三線、そして現代のジャズ・
ロックへ…。沖縄音楽は時代とともに発展してきました。時代は流れ1945 年6 月23 日。第二次世界大戦が
終わり沖縄は日本本土から切り離されました。戦後は米軍統治下ですべてが始まり、沖縄は貧しさからの出発
でした。島人の生活のポケットにはいつも島唄が入っていました。嬉しい時、悲しいときいつもポケットから
心の唄を取り出して乗り越えてきました。一方でアメリカ統治下であったがゆえにジャズやロックといった
洋楽の影響も、沖縄音楽の発展に大きく寄与しました。
 ベトナム戦争の時代には、戦地へ旅立つ米兵たちが一夜の癒しに激しいハードロックを求め、それに答えるべく
沖縄のロッカーたちも音楽技術を磨き上げ、完璧な演奏とステージングで彼らを送り出ました。基地の町の
ロックはますます個性を発揮し、オキナワン・ロックの誕生へとつながりました。
 沖縄民謡が持つ独自の音楽性とジャズ、ロックやポップスが融合し、新しいオキナワン・ポップスも誕生。
小さな島でありながら、本土に負けない、世界に通用する独自の音楽は、資源の少ない沖縄において貴重な
観光資源のひとつと言えるでしょう。その底辺を支える存在のひとつが「ライブハウス」です。
 そして、「ライブハウス」は「アーティスト」と「お客様」との間に立って、常に最高の音楽・パフォーマンスを
提供するよう努力してまいりました。アーティストに演奏するステージの提供があって音楽の発展があります。
ネット配信の発達によりCDが売れない時代こそ、お客様に生で演奏を楽しませる「ライブ」が今後の業界発展の
鍵を握るのではないでしょうか。
 つねに、「ライブハウス」は県内、県外アーティストをはじめ未来に向けてがんばる若手アーティストを応援
してきました。日本は自由民主党から民主党、国民新党による政権交代がなされました。米国のサブプライム問題
を端に発し、日本は100 年に一度の経済危機が叫ばれていますが国は引き続き緊急経済政策や産業の振興を
計ることとしています。しかし沖縄県は沖縄振興特別法の期限切れとなり、ますます厳しい状況に置かれていく
ことが予想されます。(平成24 年3 月30 日、国会で可決成立しました)
 そして、3 月11 日には東日本大震災の発生。経済状況等取り巻く環境も次第に厳しさも増してきた今日、
時代の流れに添った情報交換や業界把握・指導など広域的で有意義な組織を発足、活動させるべきではない
でしょうか? 沖縄県内において生演奏を提供できる店は約570店といわれています。東京は約700 店といわれ
ており、明らかに人口比率からしては日本一の県です。これこそが、「音楽の島・沖縄」といわれている所以では
ないでしょうか。しかし、業界を一つにし代表となる窓口を持たないことは、同業間いわんや他業種にも困惑を
生じたり、いく将来の事業者やそこに従事する者の利益を追求することも難しくなると考えました。
 そこで平成22年12月3日に県単位では「初めて」となる「沖縄ライブハウス協会」を設立いたしました。そして、
平成23 年5 月27 日沖縄県より「沖縄ライブハウス協同組合」も認可いただきました。この会は、「お客様への
サービス向上」と「アーティストへの支援」「沖縄音楽のさらなる発展・向上・発信」「沖縄観光のさらなる躍進」
と「ライブハウスの地位の向上」を計り厳しい経済状況を乗り越えるため、業界全体の土台を強固に業界が一丸
となりうる対外的な窓口として発足いたしました。

平成23年5月27日

沖縄ライブハウス協同組合

理事長
喜屋武 尚

事務局 MOD、S п@098-936-5708